CAPRICCIO

 歴史都市ティワズには、人生のすべてのものが揃うと吟遊詩人は詠う。
 邂逅と別離。
 出発と到達。
 誕生と死。
 すべての物はすべての者に優しく、そして厳しいと詠う。



 露天の屋根が道の半ばまで伸び、国籍不明な人々でごった返す街中を、深緑の目をした少年は少しぽっちゃりした頬を薔薇色に上気させて歩いていた。瞳には希望が映っている。ぎっしり詰まって膨らんだかばんを肩に食い込ませていたが、そんなものは少しも重くないというようにその足取りは軽い。
 年のころは十二、三だろうか。長めの髪を変わり織の布に押し込み、幾何学的な模様の描かれた前合わせの衣装をまとっている、そばかすの浮いた鼻の頭には小さなめがねをかけていた。
 少年の足が止まる。酒場の前だ。手にした走り書きと看板を交互に見て、やがて小さくうなずくとドアを開ける。不釣合いな年齢の珍客に、日も高いうちからたむろしていたものたちの好奇の視線が集まる。少年は動じることなく、女主人がグラスを磨くカウンターに進んだ。
「子供はお断りだよ」
「知ってるよ。ガジェット爺さんの紹介できたんだ」
 ほらね、と少年がカウンターに置いた紙切れを、女主人は怠惰に一瞥して、あごで奥のドアを示す。入れということらしい。少年は指示に従う。
「あの爺さんにも困ったもんだよ・・・・・・」つぶやきながら、女主人も続いた。
 そこは小さな部屋だった。昼間なのにカーテンが引かれて薄暗い。女主人は部屋の隅のランプに火を入れた。彼女の顔がぼうっと浮かび上がる。その火でくわえタバコをつけた。煙をぷうっと吹き出す。
「で? あんたが挑戦しようってのかい?」
 胡散臭そうに少年を眺め回す。視線を上下させるたび長い付けまつげがその顔に影を落とした。
「そうだよ」
 無邪気に少年は言い放つ。本当に意味がわかっているのだろうか。女主人は目を細めて煙を深く吸い込んだ。
「って言っても、やっぱ一人じゃ大変そうだからさ。傭兵を一人雇いたいんだ。腕のたつやつをね」
 付け足した少年に、彼女はさして興味もなさそうに、
「金は持ってんだろうね。腕がたつのほど高いのよ、ぼうや」
「もちろんさ。でなきゃ爺さんが紹介するわけないだろ?」
 少年はあくまでマイペースだ。場慣れしているのか、気負った様子はない。女主人はしばしその様子を観察した。
「ふん・・・・・・気に入ったよ。一番のやつに声をかけてやろうじゃないか」
「ありがとう、おばさん」
 その言葉に、女主人は愉快そうにのどの奥で笑う。
「怖いもの知らずな子だねぇ」



 呼ばれてきた男は、傲慢そうな青い目で少年を見下ろした。
「・・・・・・こいつか?」
 女主人に問うその声には侮蔑とあざけりがある。女主人のうなずきにもう一度少年を一瞥して、金髪を短く刈り込んだ長身の男は鼻を鳴らした。
「話にならないな」
「第一印象で判断するおつむの軽いやつなんかこっちから願い下げさ」
 自身ありげな少年の物言いに、男は片方の眉を上げた。
「言うな、ぼうず」
「伊達に『塔』に挑戦しようなんて思ってないよ」
「では一人で行くか、ほかのやつにあたるんだな。こまっしゃくれたガキは大嫌いだ」
 吐き捨てて、男はきびすを返す。狭い部屋に、ドアの閉まる音が響いた。
「・・・・・・でもぼくはあんたがいいな」
 男の出て行った部屋で、少年がつぶやいた。聞きとがめた女主人が理由を問う。
「ずけずけ言うだろ。おもしろそうだ」
 少年の笑顔に、女主人はあきれてため息をついた。



 人ごみの中でも一段高い金髪は見つけやすい。少年はたくさんの人々をかき分けて目印を目指した。市場を抜けると、さすがに人影もまばらになる。
「・・・・・・なんのつもりだ」
 男が振り向いた。眉を寄せて、不機嫌そうだ。少年は雑踏でもみくちゃにされた服を直した。
「あんたをスカウトしにきたんだよ。気に入ったんだ」
「帰れ」
 気持ち息を切らせた少年に、にべもなく言い放ち、歩き始める。少年は追った。歩幅がだいぶ違うために小走りになる。
「何でさ。プロなのに依頼を選ぶのかい? ・・・・・・ああそっか、怖いんだろ。『塔』だもんね。生きて帰れるかわかんないもんねぇ」
 試すように、歩きながら見上げる。男は答えない、無視することに決めたようだ。舌打ちして、少年は脇を歩く。離れようとはしなかった。いくつもの角を曲がり、通りを渡って、さすがに男も根負けしたらしい。立ち止まり、壁に寄りかかる。少年も それをまねて腕を組んだ。自分より数段低い位置にあるその頭を見下ろして、男はにわかに苛つく。
「いいかげんにしろ」
「やだね。あんたが契約してくれるまで放れるもんか」
 強情に言い放つ少年を横目で見て、男は小さくかぶりを振る。
 普通は逆じゃないのか? 依頼主が傭兵を追い掛け回すなんて聞いたことがない。自分を使ってくれと、そういう話なら珍しくないが。
「どうして俺なんだ」
 疫病神にでも憑かれたような気分になって訊く。
「言ったろ、あんたが気に入ったんだ」
答えに、ため息をつく。
「子供の依頼は受けない。どんなにアガリがいいとしてもだ。無茶を聞く気はないんだ」
「ぼく、子供じゃないよ」
 いきなり真剣な顔になって、少年が言う。男は眉の辺りで理解不能の意を示した。
「ほんとは大人なんだ。あんたより年上かもしれないね。のろいをかけられてこんな子供の姿になったけど・・・・・・。だから、すべての叡智が集うって言われるあの塔に登って、この呪いの解き方を見つけたいんだ」
 男はその顔を横目で見てしばし黙っていたが、鼻先で笑った。
「嘘をつけ」
「ばれた?」
 男の変化に半ば驚いて、少年が後ろ頭に手をやる。
「っかしーな、なんでだろ。迫真の演技だったと思うんだけどな。あんた少しくらいはだまされなかった?」
 悪びれず、少年は男を見上げる。
「目が違う」
「目?」
「子供の目だ。よく子供の目をした大人なんて言葉を聞くが、そんなヤツはただの馬鹿だ。経験は目に表れる。隠しようはない。お前はまるっきり子供だ」
 男は前を向いたまま、面白くなさそうに言った。
「ふーん・・・・・・つまりあんたは、やっぱり僕はただの、儲けにならない、変なことを言うだけのガキだって言いたいんだ」
「わかったら嘘をつくのはやめろ。これからはな」
 さらりと言われた言葉にうなずきかけて、少年はわが耳を疑った。
「これから? これからって言った? じゃあこれからはぼくら行動を一緒にするってことだよね、つまりぼくの依頼を受けてくれるってことだよね、そうだろ?」
 畳み掛けるように少年は言う。早く確認しないと、冗談だと言われてしまう気がしたのだ。
「変なやつだからな。仕方ない、面倒を見てやる」
 気持ち、口の端を上げる男に少年も笑い返す。
「やったぁ、契約成立だね。よろしく」
 差し出された手を、男はとった。



 歴史都市ティワズには、人生のすべてのものが揃うと吟遊詩人は詠う。
 邂逅と別離。
 出発と到達。
 誕生と死。
 互いに契約を結んだ者たちは、それが自らの人生においてどのような意味を持つかなど、いまだ知りはしないと詠う。



Fin June 21,2003 Hira


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