childish


 「大人になった自分」なんてやつに馴染めないでいる。
 酒も煙草もやるけど。
 仕事もあって給料も貰うけど。
 週五日働いて休みは土日だけで。
 学生みたいなサボリなんて考えることもできないとこにいて。
 そうだな、大人だよ。もう、大人なんだ。

 回りに何もない一本道。「進入禁止」の標識。くそったれと、ハンドルに拳を置いた。

 いつか結婚するのかもしれない。子供も、育てたりしてさ。そんなふうに、平凡に、普通に、このまま。
 もしかしたらね。
 うん。だけどさ。
 大人って、こんなじゃなかった気がする。
 もっと、かっこよく、なかったっけか。
 「子供」と全然別のとこにいて、別のこと考えて。そう、子供じゃ及びもつかないこと毎日考えながら、生きてるんじゃなかったかな。
 「大人になる」って、なんかもっと。
 想像してたのと違うんだよ、な。

 一服終わり。また車に戻って、乱暴にUターン。タイヤが軋む。バックミラーに見える景色に、黒々と擦過痕。

 たまに息ができなくなる。心臓が締め付けられるようで苦しくて。何かにどうしようもないくらいに渇えて。緩慢な時間の流れに立ち尽くす。  痛いわけじゃない。息苦しくて、見通しの効かない場所で焦る。
 まとわり付く藻屑みたいなもん振り払って、なるべくキレイでいようとして。
 砂漠で溺れ死ぬとしたらこんな感じだろうか?
 馴染めない。なんかちぐはぐな気がする。しっくりいかない。気持ち悪い。

 ああ、なのになんでこんな、空は青いんだよ。

 ロードレーサーズに出てきたみたいに夜の道すっ飛ばせたら。
 長髪の似合わないジェイソン・ワイルズみたいに派手なアクションでぶっ倒れて。
 自分を脅かすものがあるなんて思いもしない。その時までは。
 そんなのでも構わないのに。墓場まで連れてってくれるような良くできた嘘なら。
 たとえそれが嘘だったって、俺は。

 雨が、降り出す。
 フロントガラスに細かい水滴がたまっていく。水が足りなくてワイパーを動かせない。
 遮られていく視界に苛ついている自分がいる。

 生活していくのに必要じゃ、ないかもしれないけど。
 生きていくために重要なものだって、ある気がする。
 テディベアみたいな、人によってはどうでもいいような、そんなもの。
 なんか足りないんだ。
 すかすかしてる、それが気持ち悪くて。

 カーラジオからジョン・レノンのWOMAN。
 歌詞の意味は知らないけど、心地良い音の繋がりだけけっこう気に入ってる。今日は、口ずさむ気になれないけど。

 死ぬほど煙草が欲しい時に限ってライターは上がってこない。
 シフトレバーに置いた指を遊ばせる。

 思考が途切れて思い至るのは針路の解らない自分と、トランクの中の死体。
 テディベアを好きな彼女のことが、とても羨ましかったから。
 同じくらいの気持ちで、とても妬ましかったから。

 やっと持ち上がったシガーライターを横目で確認する。懐をまさぐって、一本も残ってないことに気付いて、畜生と呟く。
 もう一度畜生と吐き捨てて、その気持ちの強さだけ信じて、アクセルを踏み込む。


Fin June 24,2006 Hira


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