Cry for the moon

男が、膝をついて慟哭している。
まばらに残る、白っぽく時を刻んだ瓦礫たちに、
泣きながら謝っている。
突然の風に背の高い針葉樹が揺れる。

見上げると、 ああ―――
なんて大きな、きれいな満月。

男は、膝をついて慟哭している。

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その国は何度も戦をしていた。
王たちは若者をあつめ、
互いに領土を食らいあった。
いくつもの集落が消えていった。

ある時、王の息子たちが進言した。

「町には生活できない者たちがあふれ、子供の泣き声が響いています。
陛下、父上。あなたは皆が何を求めているかご存知ですか?
ご自分が何をなさりたいのか、ご存知ですか?」

「あなたは何もわかってなどいない。何も答えることなどできない。
そもそも理由をもっていないのだから。流されているだけなのだから。

王が口を開いた一瞬、現れた闇色の男はそういった。
うすく哂いを浮かべた闇。
怒った王が手打ちを命じても、男はもういない。

現れたときと同じく、消えてしまっていた。
闇色の笑みを残して。

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研究が続けられていた。
新しい発見、新しい技術。
多くの努力が傾けられ、
沢山の成果が世に出されていた。

博士は方肘ついてひとりごちた。

「まだ足りないのだ。
私が生きた証を世に出すまでは、どんな発表も何にもなりはしない。
中途半端なままなのだ。
だが、いったい何をやれば、真にやったと言えるのだ?
私は、いったい何によって私を終えることができるのか・・・・・・」

「もうすでにそれを終えてしまっているのさ。 あなた自身が気づかないうちに。
そう―――あなたが、あなたにとって『真にやったと言えない』ことでね」

博士は突然現れた闇色の男の、突然の声に返すことができなかった。
闇は、口の端を少しだけ上げて姿を消す。
一人残された空間で、博士はへたり込んだ。

「だがしかし―――
それでも私は、それを見つけなければならないのだ」

それは、誰の耳にも届かない。

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戦はずっと続いていた。
誰の声も届かない、
誰の存在も認めない戦場は、いつも広がっていた。
そこはいつも飢えていた。

疲れ果てた少年は、目の前の闇色の男に尋ねた。
「むかえに来てくれたの?」

闇はゆっくりと首を横に振る。
「どこにつれて行ってほしいの?」

「どこでも・・・・・・」
弱々しく、少年は続ける。
「ここ以外なら、どこでもいい。
ここには何もないよ。 でもほかの場所にはあるでしょう?
何か、見つけられるでしょう?」

「どこにも、何もないよ。ここにないのなら、どこにもね。
けれどどこにでも、何かある。どこにいたって、何でもある」

歌うようにほほえんで、闇色の男は見えなくなった。
そして少年は再び視線を地に落とす。

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集落を焼かれた男は泣いていた。
戦に加担しなかったことで、
自分が研究に協力しなかったせいで、
集落を犠牲にしてしまったと、男は詫びていた。

新しい技術によって崩壊した家の前で、男は叫んだ。

「何故こんなことができる。
何のための技術だ。行為の代わりに何を得るというんだ。
・・・・・・私に、そのために何をなせと言いたかったんだ」

「自分を探し出すために。確認するために。
人の行為はすべてそこに収束していくんだよ。
意味なんてない。
目的的に何かをなそうとするとき、それすらも元から存在しえない」

呟いた闇を、男は睨む

「他人の行く道を塞いでもか。
転ばされた人が泣いても、知りもしないでか。
そうした先に何を得るために歩くんだ!」

地面に拳を叩きつけた男を、闇は蚩いもせずじっと見ていた。

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私は、嘆く男を眺めていた。
怒る王を、悩む博士を。
疲れた子供を、そしてまた、嘆く男を。
私は、いつもただ何かを眺めている。

人の形をした闇が、立ち止まる。

「僕は探求者、求道者、傍観者。 審判する者、される者。
そして勝者でも、敗者でもない者」

私は何も応えない。

「あなたはすごいね。 そうして何もかもを見ている。
自分を遠い遠いところへ押しやって。
通り過ぎるすべてをただ眺めている」

私は何も応えない。

「僕は―――あなたが、とても好きだ」

闇が笑う。
私は何も応えない。

もうすぐ風が吹いて、背の高い針葉樹が私を覆い隠すだろう。
私は誰からも見えなくなる。
私は何も見なくてすむ。

ただ、闇の視線を感じるだけになる。



Fin November 19, 2003 Hira


cry for the moon : 実現不可能なことを望む




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