非常口


 見上げたら、単純な記号なのに妙にあわててるみたいに見えて、笑えた。
 いつも特に意識してないけど、結構よく出来てるんだよね。
 出口のむこう側が明るくなってるとこや、足元に伸びる影や。
 後ろに何が起こってて、何から避難してるのかな、なんてつらつら。
 そもそもこれが必要になるのって、どんなときだろね?
 地震じゃあ、壊れちゃうし、意味ないでしょ。
 火事なのかなァ・・・・・・? ここがそうですよ、なんていわれなくてもどこからでも逃げようとすると思うけどさ。ああでも。見つからなかったら困るもんね。
 うん、なんてことはない、ただの非常口の表示板。
 ああいけない、講義始まっちゃうな。
 時計に落とした目を、また表示板に戻す。
 三棟へはここの非常階段通ったほうが早いんだよね。
 多分ほとんど使われてないけど、大丈夫でしょ。ときしむドアを開けた。いやな周波数。
 突然、まっくら。
 あれ、やっぱ朝食抜いたのがまずかったかな。急に動いたからか?
 足元、ふわり。
 階段なんかで倒れたら、
危険だと、

思うんだけ



*   *   *


 抹茶ミルク、飲みたい。
 あったかくしてさぁ、ちゃんとお茶の味がするやつ。甘いの。
 ココアもいいね。苦ければなお良い。
 ああ、なんかおなかすいた。
 まぶしー。
 薄目を開けたら、子どもの顔。
 何で大学に子どもなんているんだろ。先生の子かなァ。
「ぼっとしてないでさっさとおきろよ」
 うわ、どすの効いた声だ。見たとこ小学生くらいなのにさ。
 手を引っ張られて起き上がる。冷たい手。子どもの体温って高いんじゃなかったっけ。
 高さが変わったら、またくらってきた。
 目に手をやって、じっとしてる。
 それからゆっくりと、もう一度あけた。
 白っぽい肌、色素のうすい目。髪の色なんて金色に見える。結構きれいな子。
 ついでにまわりも見てみる。
 あれ、大学じゃないじゃん、ここ。
 ほとんど目を開けられないまぶしさは収まらなかったけど。なんかピンクっぽいモアレがちらちらしてる。ふわふわしてて、足元もおぼつかないって感じ。立ってるわけじゃないけど。
 おかしいよ、なんか。
 腕時計を見る。針が、ない。
 へんだって。ねぇ?
「あー、あのさ」
 なんて呼びかけていいかわからないから、無難に声を出してみる。
「あんた、死んだの」
 いきなり結論。こんな態度は慣れてる、って感じにその子がいう。
「・・・・・・そんな漫画みたいの、いやだなァ」
 ため息。頭の回転着いてってなくても、口は動くんだ、なんて。
 じゃあこの子は天使とか悪魔とかそんな立場? だいぶ違う? でも死者を導くとかそういう役割ならそんなに間違ってないでしょ。天使も悪魔も詳しくないけど。何なら三途の川の船頭だっていいかな。それにしちゃ川も船も花畑も溶岩の堀も何にもないんだけどね。
 ああでも死んじゃったなんていやだなァ。ぞっとするね。死者だってさ。アレで死んだなんて悲しいって。つか侘しいってやつか。こんな突然じゃ誰かを恨みたくもなるって。取り付いたりするやつの気持ちわかるかも。まァこっちの場合は取り付く相手もいないけど。
「ねえ」
 考え込んでたら声をかけられた。
「まあ死んだっていっても、今のはイレギュラーだから」
 返す言葉がなくて黙っていると、続ける。
「あんたは、死ぬ予定の人じゃなかったの。すくなくともさっきは」
「予定とかさ、少なくともってえらくヤな言葉だね」
 すぐ答えたら、その子はふって感じに息を吐いた。大人びた表情。感情は読めないな。
「そういうわけで送り返すから。戻ってもしばらくは死にやすいから、気をつけて」
「ああ・・・・・・うん」
 何にどう気をつければ良いんだろね、そんなの。
 って思ったら、また、ふわり。
 
まっしろ。



*   *   *


 ちょっとのあいだ、ぼけっとしてた。
 腕時計を見たら、講義始まって五分だからまだちょっとの遅刻で出れるんだけど。なんかめんどくさくてさ。
 階段の一番下の段に腰かけて、空を見て。
 ここってホント非常口だったんだ。ここからの。
 んで同時にどっかからの非常口でもあるわけね。
 多分今、口が斜めに。笑みの形。発見だと思うよ、結構面白い。白昼夢ってやつでも、まあいいけどね。
 やっぱおなかすいたな。ちょっと早いけど学食行ってなんか食べよう。自販でココア買ってさ。
 決めて立ち上がって、突然の物音に階段を振り向いたら、落ちてくる、人。
 もしかして、これもイレギュラー?
 思い浮かんだのは別れ際のあの子の大人びた表情。笑ってる? あきれてる? あきらめてる? みたいな。読めない顔。

 ・・・・・・ああ、ぶつかる。

Fin May 20, 2004 hira


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