なくしたいろ

あか。
あかね。
ももいろ。
だいだい。
きいろ。
みどり。
みずいろ。
あお。
あいいろ。
むらさき。
くろ。
しろ。
十二色で一そろいの色鉛筆。
だけど一色だけ足りない、色鉛筆。


「買えばいいのに」
 声に見上げると、女の子が腰に手を当てていた。紺色のブレザーに、ひだの細かいスカート。ここの制服だ。襟元のリボンは、三年の先輩の真似だろうか。細くした結び目に、あまった布が少しだけ出ている。青だから、私と同じ二年生。
「何が?」
 机に座って絵を描いていた私は、見上げる姿勢のまま、後ろに立つ彼女に尋ねた。色素の薄い彼女の髪は、西日に当たって金色に見える。小作りな輪郭を縁取るショートヘアがとてもきれいだ。
 そうだ、思い出した。三組のミヅカって人。何度か姿を見たこともある。
「あんたの色鉛筆」
 と、私の机から平たい缶を取り上げて、端から数えていく。
「十二色なんでしょ? 一本足りないのね」
「そうだけど・・・・・いいの、別に。使わないもの」
 私は描きかけの美術の宿題を引き出しにいれた。なんとなく、上手くいかない。
「ふうん・・・・・・どうして無いの?」
 ミヅカが色鉛筆の缶を机に戻す。
「忘れちゃった、そんなの」
 もうずっと前だ。ずっとずうっと、私のケースには一本だけ足りない。
「それより、どうしたの?」
 いつも忙しそうに動き回っている彼女は、こんな時間まで学校にいることはめったに無い。公司の仕事を引き受けているんだろう。成績優秀で、活発で、品行方正。きっと卒業したらすぐに公司に就職するんだろうな。先生たちも、彼女には期待してる。
「今日の現場って学校だったのよ。今、避難し遅れた生徒がいないか見て回ってるとこ。あんた一人だけだったけどね。警報、聞こえなかったの?」
「鳴ったの? いつ?」
 私が訊き返すと、彼女はあきれたように額に手を当てた。もう、これなんだから・・・・・・と小さくつぶやくのが聞こえる。
「気づかなかったの、きっと。この宿題、明日提出なのよ。集中してたから・・・・・・」
 言葉が、言い訳みたいになる。
「もう、いいよ。今から避難するよりは、私たちと一緒にいたほうが安全だから。来て」
 ミヅカがため息をついてきびすを返す。教室を出ようとする背中を、私はあわてて、支度したかばんをつかんで追いかけた。
 引き戸を閉めるときに振り返った教室は、茜色に染まっていた。
 私がなくした、色鉛筆と同じ色に。


 『想い出』がたつようになったのは、私たちの一つ前の世代が生まれた頃だ。
 もういない人や、見ることの出来ない風景や、存在しないモノたちが、こんな時間にはひっそりとたっているらしい。まるでしっかりと、そこにあるみたいに。
 その場所に居合わせると、もうこの世界には戻ってこれないっていわれている。『想い出』の中に引きずり込まれて。
 そして、そんな『想い出』たちを『浄化』するのが公司の仕事。成仏できない霊魂を天国におくってやるようなものよね、ってミヅカは言った。
 公司に入れるのは、私たちみたいに生まれつきひとの『いろ』が見える人だけだ。そういう人は、ここのようなちょっと特殊な学校で能力の制御の仕方やそのほかの一般教養を学んで、試験を受ける。『浄化』が許可される『ゆめさばき』は国家資格だ。
「カスイさん、一人残ってました」
 ミヅカは、音楽室のドアの前に立つ背の高い男の人に近づいた。スーツにネクタイ姿のその人が私のほうを向く。サングラスをかけていて、表情が読めない。
「あの、警報に気づかなくて・・・・・・」
 口ごもる私を一瞥して、カスイさんって人はまた音楽室に注意を戻したようだった。彼の色はアルゴンのネオンサインのような青紫色。凍りついた冷たさと、暖かさが同居している。
「『想い出』、この中ですか?」
 ミヅカがカスイさんにたずねる。
「そうらしい」
 彼は短く言うと、サングラスをはずして、スーツの胸ポケットに入れる。
 ミヅカはそんなカスイさんの様子を見て、音楽室のドアに手をかけた。
 彼がうなずく。
 ミヅカは、勢いよくドアを引いた。


 そこは、さっきの教室とほとんど変わらない雰囲気だった。
 透明な茜色。
 ミヅカとカスイさんは、戸惑ったように立っていて、中に入ろうとしない。
 『想い出』って、どんな風にたつんだろう。
 少し怖いような好奇心から、私は二人の肩越しに音楽室を覗いてみた。
 見慣れた教室。教壇側にグランドピアノ、対して放射状に配置された椅子。
 ピアノの足元に、細いものが落ちている。
「私の・・・・・・」
 反射的に、そう思った。どうしてだろう。なくしてからずいぶん経ってるのに、何故こんな
ところにあるんだろう。
 つぶやいた私を、ミヅカが怖い顔で振り向いた。
「あ、の、ごめんなさい。そんなはず、ないよね・・・・・・」
 ミヅカだけじゃなく、カスイさんにも睨まれて、私は居心地の悪い思いで、二、三歩あとずさった。
 カスイさんはすぐに音楽室に入り、細いものを拾って戻ってくる。
「これは君のものか?」
 やっぱり色鉛筆。・・・・・・ああ、後ろのほうが、少しだけ削ってある。名前を書いた跡だ。
「そう、です」
 茜色。
 私が、なくしたいろ。
 どうしてここにあるんだろう?
「そうか・・・・・・」
 カスイさんは短く息を吐いた。
 ミヅカを見ると、眉をひそめたまま黙っている。
 いつもはにぎやかな学校に、私たち三人だけ、茜色の中に取り残されているみたいだ。
 とても静かで、少しだけ胸がざわつく。
「君が『想い出』か」
「え?」
 低く落とされた言葉がすごくよく響いた。
「君を見たときに一瞬、妙だと思った」
 カスイさんは続ける。
「鮮やか過ぎる色だ。原色の人間なんてめったに居ない。・・・・・・足りなかったから、『ゆめ』を見ていたのか」
 そして彼は私の手に、色鉛筆を握らせた。
「さあ。これで、帰れるね、君の世界に」
 私の目を見て、ゆっくりという。
「あかね」


暖かい光に満ちた廊下に、色鉛筆が一本、落ちる前に解けて消えた。
二つの人影はそこからしばらく動かなかった。


あか。
あかね。
ももいろ。
だいだい。
きいろ。
みどり。
みずいろ。
あお。
あいいろ。
むらさき。
くろ。
しろ。
十二色で一そろいの色鉛筆。
全部そろった、色鉛筆。もう、なくさない。


Fin February 18, 2004 Hira



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