「タバコってねえ、いけないのよ」 それが俺に向けられていることに気付くまで少しかかった。 舌っ足らずな子供の声。 横顔に感じる視線、それに。見せつけるように思い切り深く煙りを吸い込んでから目をやる。 水色の眼がじっと俺を見ている。 ぶかぶかの男物のシャツを着て、そのめくり上げた袖から小さな指がのぞいている。 「どうして」 聞いてみる。その言葉に、子供は淡い色の髪が肩に着くくらい、軽く首を傾げた。 「あのね」言葉を探すように、眉をよせて。「タイラーがタバコすうと、ヴィトーが怒るのよ」 は、と俺は笑う。タイラーもヴィトーも誰の事なのかさっぱりだ。いかにも真面目な話しをしているのだというようなその態度に、少しおかしみを感じる。 「それだけ、か?」 子供はまた首を傾げる。 「俺を叱るやつはいない。なら吸っていいのか、お姫様」 「こまる」「どうして」 もう一度。聞いてみる。 珍しいな。俺は、この娘に興味があるのか。 「シエラね、お咳がでるのよ」 吹き出す。面白くて。 靴底で煙草を踏み消す。「そりゃ大変だ」 「喉は痛むか」かがみこんで、ちいさなお姫様の顔を覗き込む。 「ううん」子供はにっこりと、笑う。「お名前、なあに?」 「シャン・ラビク」 「ラビク?」 首をかしげて、少し言いにくそうに。 立ち上がりざま、俺は鼻を鳴らした。 「シエラねえ」見上げる。子供の顔。コートの裾を握る、手。「ラビクのこと、好きよ」 俺は軽く目を見張った。 やめてくれたもんね、と続ける声を聞きながら、壊したくなる。不意に。この花を。 美しいと、思ったから。 幼さを感じさせるやわらなかのどに、親指を這わせた。 お姫様の、小作りで華奢なあごの線。 ふっくらとしたくちびるはある種花弁のように赤い。 そのまま上へ。ほんのりと染まった温かいほほをなぞる。 きょとんとして、怖じることなく向けられる少女の水色のひとみ。 動かない、眼。俺だけを見て、微笑むように。 俺は知らず、満足げに笑みを浮かべていた。 「C'est la belle.....」 吐息に言葉を乗せる。 静かに口付ける。額に落とした、唇を微かに動かす。 滑稽だ。どこか祝福じみてやしないか。 これを壊さないなら。 もしも壊せないなら。 永遠に俺のものに。まっすぐ向けられるこの眼を。俺以外、誰にも向けさせずに。 少し笑う。 崖に生える花を取りに行かせた姫の話を思い出す。そのエゴイズムと。 その姫の喜ぶ顔しか思い描けなかった盲目的な騎士と。 目の前の小花を見て、俺はもう一度笑った。
Fin June 24,2006 Hira
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