うそつき


 なんでこんな気持ちの日にいつも会うんだろう。
 コートの男を目にして、心臓が、どくんと鳴った。
 小走りに近づいて、しがみつく。
 声もかけてないのに、私が届く前に彼は吸っていたタバコを地面に落とした。
 踏みつけて、しゃがれた声を出す。
「どうした、お姫さん」
「名前で呼んで」言葉の最後にかぶせるように。早口につぶやく「もう、子供じゃないの」
 彼が笑う。楽しそうに、へえ、なんて声を出して。
「そうかい」

 私はそのからかうような響きを無視して、何も答えないで、額を彼のコートにこすりつけた。タバコのにおいがする。私の前では吸わないタバコ。小さいころの約束を律儀に守って。
「おはなし、して」
「子供じゃねえんだろ? だったら」うつむいたままの私のあごに手を添えて、上向かせる。薄い、うんと薄いハシバミいろの目。野生の獣みたいな、光の強い眼。「ねだるな」
「意地悪」
 余裕たっぷりに、笑う。その彼が憎らしくて。私は泣きそうなのを我慢してるのに。それを、知ってるくせに。
「いいから、して。なんでもいいの。私に関係ないおはなし」
 コートを握り締める手に力をこめる。彼は眉を上げる。

「シエラ」
 かがみこんで、私の耳に口付けるくらい、近いところで名前を呼んで。


「聞きたくなかったら耳をふさいでろ。
 見たくねえもんは捨てちまえ。
 お前がほしいものだけ持ってきてやるから、俺だけ信じてりゃいい。
 ・・・・・・さあ、何が怖い。言ってみな」


 言葉が、その塊ごとぶつかるように、心臓にとどく。
 しがみつかせてくれないくせに、抱きしめてなんかくれないくせに、自分だけ信じろと、この人はいう。
 それなのに、それだけで、なんだか。
 こらえてた涙も、ひそめてた眉も、もう力をなくして。
 怖いことばかりのこの世界にそんなささやきだけ残す狡さを。
 次の瞬間を保障できない寂しさに縛り付けられた心も。
 ぜんぶぜんぶこのコートにしみこませてしまいたくて、私はぬれたほほをこすりつけた。


「・・・・・・うそつき」
December 15, 2005




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送