怪物の牙に当たって一度は跳ね返された剣が、今度は正確にその獲物ののどを引き裂いた。 胴体から離れたところに落ちる怪物の首。何が起こったのか、おそらく理解しないまま逝っただろう。 金髪の若い男、ビーダスはひとつ短い息を吐き、刀身に残った血を払う。 「・・・・・・クソ、いったいなんだって・・・・・・」 感じ取れる範囲の獲物は片付けた。だが、相方とまだ合流できない。脱出に手間取っているのか。 一緒に行動するようになってだいぶ経つが、どうにも彼女には不器用なところがある。 彼が立つ遺跡の機構はまだ生きていた。 1000年も前のだってさ、信じられるか? スケアが興奮した口調で言ったことを思い出す。 しかし“生きている”のは機構のみだったはずだ。1000年も前の、今では昔語りに聞くばかりの怪物たちが生きているなんていうのはフェアじゃない。 ニンゲン側はその頃の力を失って久しいというのに。魔法使いなんて存在も、今ではほとんど現実味を失っている。 彼は石畳の廊下を再び歩き出した。 ・・・・・・学者連中は死んだだろうか? 彼は傭兵だった。古代文明に興味のある、物好きな王が始めた発掘事業に雇われたのだ。スケアは興味から、彼はアガリのよさから引き受けた。 ・・・・・・楽な仕事のはずだった。 床に描かれた魔方陣を、何がすごいのか興奮した様子で学者たちが調べ始めるまでは。 誰かがそれを起動させるようなまねをしたらしい。 突然床の文様が異様な色に光ったかと思うと、怪物どもが現れはじめたのだ。沼から地上へ上がるかのように、石の床から次々とその頭を出してきた。 それと同時に、遺跡が振動した。土に塞がれていたはずの窓を見ると、空。 遺跡が浮いたのか、伸びたのか。 ビーダスは自分のほうに近かった怪物のみ伏せると驚きあわてる学者やほかの傭兵たちを尻目にその部屋から駆け出た。 多勢に無勢、命あってのものだねだ。 相方のスケアはそのとき別の部屋にいた。 こちらで何かあったのは気づいただろう。何人かの傭兵 が飛び出てきたのが目に入った。 ・・・・・・だが、今は誰もいない。 「クソ・・・・・・」 口元をゆがめて毒づき、一つ一つ部屋を覗いて回る。そこここに、怪物や人間の死骸。食い荒らされたものもある。催した吐き気を飲み込んで、彼は足を速めた。 生き残ったのは俺だけ、か? は、馬鹿な・・・・・・。 想像の空恐ろしさに身がすくんだ。 「?」 不意に、彼の聴覚がかすかな音を捉えた。少し先だ。左側。 柄に手をやり、小走りに向かった。 死体の中に、彼女はいなかった。まだ生きているとしたらどこにいる? 「・・・・・・スケア!」 焦りがこみ上げて、名前を呼びながら走る。躍り出た怪物を切り捨てる。 「ビーダス!」 突き当たりで、怪物と格闘していた彼女が振り向いた。 あの時、彼女の口元が、笑んだように見えたのは幻だったのだろうか? 「あんたがいるなんてさ、珍しいんじゃないか?」 少年のような声に顔をあげると、一房だけを明るく染めたブルネットの髪の人物がにっと笑う。 女だ。 「面識はないはずだが」 男はいぶかるように眉をひそめた。 少女、と呼ぶには幾分か年が余分だろう。20になるかならないか、といったところだ。 「姐さんたちに聞いたんだ、あんたのこと。お高くとまってるって話だったからさ。ジリ貧でもこういうトコにはこないんだと思ってた」 「・・・・・・酒場のツケも、たまってたもんでね」 それだけ答えて、彼は目を閉じて壁に背を預けた。 好きできたわけではない。確かに、こんなところは好きではない。 騒々しいし、礼儀も知らない馬鹿ばかりだ。目の前の彼女のような。 「ちょっと、ねえ。黙って座ってたって仕事は入んないだろ? いいのがあるんだ。でも一人じゃできない。・・・・・・あんたが協力してくれるんなら、受けるんだけどな」 「見繕ってもらわなくたって、自分で探すさ」 目を閉じたままぶっきらぼうに返すと、彼女は口を曲げた。 「・・・・・・なんであんたみたいな高慢ちきが傭兵やってられるのか、わかんないな。しかも評判いいし。わけわかんないよ」 「俺にもお前のような礼儀知らずがなぜ傭兵をやっていられるのかわからないね」 「ほら、わかんないだろ? だからさ、協力しようよ」 彼は思わず目を開き、女を見つめた。 男は意味のわからない申し出にあきれていた。 女は楽しそうに、上目遣いでこちらを見ている。 そしてまた、にっと笑った。 「ね、ビーダス。私はスケアっていうんだ。よろしく」 出逢ったときからそんなだった彼女は。 別れのときすら唐突で。 前置き、なんて物をまったく用意してはくれなかった。 いつだって、自由に、軽やかに飛翔して。 見ていないうちにするりと抜けていってしまうのだ。 少しの痕跡もとどめずに。 「馬鹿!」 彼は思わず叫んでいた。 戦っている最中に敵から目を離すやつがあるか。 怪物が、彼女の体の倍はあろうかという太さの腕を横に、彼女ごとなぎ払う。 窓から投げ出され、中空に躍り出る、彼女の体。 「スケア・・・・・・ッ !!」 枠にすがりより、手を伸ばす。 指先が、触れる。 安心したように、スケアが笑ったように、見えた。 届いたと思った一瞬は短かった。 高空の風が、カラの、汗でぬれた手のひらを冷やした。 彼女を留めおくはずだった手は、一人の寒さに耐えられない。 寸前までのぬくもりが、余計に彼の心を冷やした。 「スケア・・・・・・」 見開いた目が痛い。 もう彼女はビーダスの目に見えない。 標的を失った怪物が、貪欲そうにビーダスにも踊りかかった。 一閃。 凍りついた脳の片隅が動かした剣に斃れる音。 動かなくなった敵に、無表情のまま、ビーダスはもう一度刃を下ろした。 触れた指先も、一瞬の笑みも。 すべてがかそけき幻だったかと彼には思えた。 「・・・・・・お前がいないなんて、珍しいんじゃないか?」彼は目を閉じて壁に背を預けた。 立っているだけの力すら、もう自分には出せそうもないのではないかと感じた。 それは知らないうちに気に入りすぎていて。 何度も繰り返しすぎて。 傍らにあるのが当たり前すぎて。 もう正確には思い出せなくなった歌のような。 そんな、情景。
Fin December 25, 2003 Hira
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